タイガーナンパーカット

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さよならと、おかえり (c/w 田舎の達人)

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 電車の車窓から見える景色が、どんどん変わっていく。

 高層ビルから住宅地へ。

 住宅地から田園風景へ。

 胸のなかの感情が、次第にかきたてられる。焦りのような。心細さのような。

「本当に、こんなところに住むの?」

 言ってみた。

 思わず。

 その結果。

 すごく、うんざりした顏。

 別に田舎をディスってるわけじゃない。

 生まれも育ちも東京の僕にとって、旅行ならともかく「ずっとここに住む」というのが、非現実に思えた。

 だから落ち着かなくなってしまい、訊いてしまった。

 それだけだよ。

 僕の向かいの、うんざり顔が口を開いた。

「い・ま・さ・ら・?」

 お・も・て・な・し、と同じイントネーションで返ってきた。

 

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 マンション。部屋中から新築特有の匂い。駅で出迎えてくれた不動産の人は笑顔。彼氏さんですか~、なんだか都会の男性って感じですね~、といったMP5のような言の葉の乱射を、僕は口角を上げただけでしか返せない。いつだって人見知りなんだ。クールとか言われることもあるけど、単に表情の変化に乏しいだけなんだ。

 

 新築。/駅から6分。/5階建ての3階。角部屋。RC。11畳のリビングと7畳の寝室の、1LDK。ウォークインクローゼット。ウォシュレット。浴室乾燥機。追い炊き。独立洗面台。カメラ付インターホン。ディンプルキーのオートロック。

「これで家賃が?」

「6万円。管理費・共益費込み」

「‥・ありえない」

 おまけに住宅補助で3万円支給されて、本人負担は実質3万円。倍率ドン。

「そういや車も持ってきたよね。表にある駐車場は?」

「あれは無料。家賃込み」

 3倍率ドン。フルコンボだドン!

 

 不動産屋は帰った。光GENGEがローラースケートを置いて去ったあの時のような厳かさをもって鍵を彼女に渡した。そしてダンボールまみれの部屋と、ふたりが残される。

 これから自宅から2時間30分かけて、他人の引越しの手伝いだ。ワイルドだろぉ?

 

 僕はダンボールを空けようとする。

「片付け、手伝うね」

「ありがとう」

「僕が、主に下着の片づけをするから、そっちは家電の配線をやればいいと思う」

「意味がわからない」

「下着っていうのは、主に局部を押さえる内側に着ける衣服のことだよ」

「そっちじゃない」

「いいから下着の入ったダンボールが、どれか教えてくれ」

 蹴られた。

 

 残念ながら、配役が逆になり、僕が家電の配線をやるはめになった。レコーダーに関しては、極右ソニー派である僕が、パナソニックのレコーダーのセッティングをする屈辱にあった件について、強く遺憾の意を表明したい。おまえは未だにGガイドというクソ番組表を使わないといけないやつか? デザインもダサすぎる。ソニーXMBのあの機能美を見て、なにも感じなかったのか、と憤りながら、HDMI (「ひゃあっ!ダメえ!ママに言わないでえ!」の略)ケーブルをジャックインした。

 配線に苦労はしなかったのだが「テレビ台の高さが前と微妙に違う」と4回もクレームを受けたせいで、その度に、ネジ締めによる高さ調整と、テレビを置く作業を毎度させられ、ようやく嬢王から了解を得たと同時にソファーに飛び込んだ。

 

「こら、休むな」

「休んでないです。暖めてるんです。ソファーを」

豊臣秀吉みたいなこと言わないで」

「じゃあ、ソファーを体重をかけて、柔らかくしてる」

 寝っ転がっていた僕に、彼女が馬乗りになってきた。

「あんたのお腹のほうが柔らかいじゃん」

「ひどいっ!!」

 人権侵害だ。言葉の暴力だ。ドメスティック・バイオレンスジャック!

 馬乗り状態から、いきなりキスされる。のべ30秒ぐらい。れろれろれろれろ。

「元気になった?」

 なんて自信満々な女だ。おまえの唾液がついた唇を、僕の唇にくっつけた程度で、僕の気力が回復すると考えるとか、ちょっとおかしいンじゃないですかね? 病院いったほうがいいと思いますヨ。

「元気になったね」

 握って確認される僕のギンギラギンにさりげなさ。

「しよう!」

「ダメ」

「なんで!!!?」

「したら、あなた絶対やる気なくすもの。ダンボール片付けた後でね」

 立ち上がって、ソファーから腕を無理やり引っ張られる。OH! MY GOD。OH! MYコンブ。

 

 結局、19時ぐらいまで片付けはかかった。彼女に言わせると、僕はなかなか優秀な助手らしい。だが、いろいろ細かい、という非難もあった。それは普段はてブのコメントでも良く言われてるよ、という余計な一言は控えた。

「夕飯は何がいい?『おまえ』は却下で」

 前にそう言って、襲ったことを根に持たれていた。まったく小さい女だ。

「家じゃ無理でしょう?」

「そうだね、まだ、お皿は出し切ってないから。あそこしかないね」

 あそこ = 駅前のファミレス。

「(あの店には)一度も行ったことない」

「まさか、うそでしょう? 全国どこにでもあるのに」

「ヴァージンを今夜ささげることにするよ」

「やかましいわ」

 行ってみた帰り、感想を訊かれたので、僕はビルディの方が好きだと言い「あんなマズいファミレスを褒めるなんてどうかしてる」と僕のビルディ愛をディスってきたので、軽く口論になった。なぜ無くなったのか、未だにわからない。あれは、すかいらーくの失策だと思う。僕は一途なのだ。

 

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「それにしても、本当に何もないな」

 帰りながら思ったことを口にしてみた

「コンビニと、スーパーと、ドラッグストアは1軒しかないけど、あるよ。それで充分」

 この3店舗は、どれも広いし、駐車場つきだった。きっと車がないと生活ができない街なのだろう。

「クリーニング屋さんも、ドラッグストアの奥にあったし」

「生活するには困らないね」

 道幅も約2メートルは常にあるし、車も常に4車線だし、おまけに夜21時だというのに誰ともすれ違わない。

 眠らない街で、ナンパ友達と酒を飲む夜ばかり過ごしているから、この「暗い夜」にどうしても慣れない。

「でも、君は普段、家から出ない子じゃない? テレビだけでヒマを潰すには厳しいよ。レンタルビデオ屋だってなかったし」

「レンタルビデオなんて必要ないよ。HuluとTSUTAYAに入会してるから、今じゃネットでドラマがすぐ見れるもん」

「そうか」

Amazonがあるから、本も買えるし」

「そうか」

「遠い遠いって言ってたけど、快速に乗れれば、都内まで1時間で行けるし、そんな遠くないよ」

「そうだね」

「都会でなきゃいけないことなんて、考えてみたら、本当はないんじゃないの?」

「そうかもしれない」

「……本当に一緒に住まないの?」

 

 ああ。やっぱり、それが言いたかったんだな、と思った。

 

「そりゃ無理だよ」

 言えたのは、それだけ。

「なんで?」

 黙った。

 不穏な空気のまま帰った。

 その後は、聞かなかったふりをして、過ごした。

 真剣な口論になって泥沼化する前に、別の話題に切り替えて流すことに、僕たちは慣れていた。

 

 しかし朝、ここを出る前に玄関で一応、最後の確認はした。

「もう私達、会えなくなるのかな?」

「難しくなったね」

「じゃこれで終わり?」

「かもね」

「あっさりしてるね」

「僕にだって反論はあるよ。『やりたい仕事がある』って言って、勝手に辞めて、こんなところに来たのは君じゃないか。それを僕についてきてほしいって望むのは」

「理解してるよ。ワガママなのは」

「ワガママを言われるのは嬉しいけど、ちょっと今回は叶えられない」

「うん」

「ときどき電話していい?」

「もちろん。ダメなわけがない」

 そんな会話をして、玄関を出た。

 こういう別れ方もある。

 

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 それから2週間後、宣言通り、彼女に電話をした。

「もしもし」

「もしもし」

「誰だかわかる? イケメンだよ」

「イケメンの知り合いは欲しいけど、残念だけど私にはいない」

「え? でも着信通…」

「い な い … … 」

 自分でふっておいて死にたくなるパターンktkr。

「いま家?」

「うん。家だよ」

「そうかい。満喫してる? 新天地での生活」

「新天地とは違うけどねぇ。充実してるよ。おかあさんのゴハン、美味しいし」

「おかあさん? そっち来てるの?」

 

「そりゃいるでしょ? 実家なんだから」

 はい?

 

「行ってなかったっけ?」絶対すっとぼけて、この台詞いったと思う。「私、結局、転職しなかったんだ」

 要は、こういうことだ。そもそも彼女は、やりたい仕事があって、前の職場をやめて、田舎の会社に転職し(ようとし)た。けれども転職先の初日、判明したのは、彼女の希望とは全く異なる配属先だった。しかも仕事内容は、前職とあまり変わらないものだ。「話が違うじゃない。○○をやらせてくれるっていうから、わざわざ田舎にまで来たのに」と彼女は言ったし、その台詞のまま、現場の上司にも噛み付いた。人事課も努める上司は首を振った。君の希望していた課だが、今季は成績が芳しくないし、今は新人を雇う余裕もないそうだ。まずは経験を積んで、現場での信頼を得てから、その後で配属できるよう、また手配するから、というクソみたいな言い訳。別に書面を交わしたわけじゃないし、口約束でしかなかった。成績うんぬんは関係ない。最初からじゃないとしても、早い段階から知っていたはずだ。

 あいつに騙された、と彼女は言った。それで初日で辞めてきたというのだ。

「私、急にフリーターになっちゃったよ。びっくりした」

 いや、あなたは数日前の出来事でしょうけど、こっち知ったばかりですから!事実なう!

「実家って、どこだったっけ?」

「日暮里」

 むちゃくちゃ近かった。

 聞きたいことは、いっぱいあった。あの部屋どうするんだ? とか、なんでその事を教えてくれなかったんだ? とか、加速度的に質問がわきあがってはランダムに何を言おうかランキングは上下した。

 だが、その1位となったものを音声化する前に彼女のほうが先手を出した。

「ねぇ、私、すごいヒマなんだけど。とりあえず」ゆったりした声。「今から会えない?」

 

 もう一回遊べるドン!