タイガーナンパーカット

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「わたし、中身は男なの」とカミングアウトしたがる女じゃ勃たねえよ

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 こういうのって誰しもあると思うんだけど、異性と話していると(ああ、この子と自分は付き合うことは絶対ないんだろうな)と確信するポイントが、いくつかある。それは仕草だったり、台詞だったりする。

  たとえば、知り合って10分以内に「大学はどこ?」「年収いくら?」と訊いてくる婚活女性は、わかりやすい例と言える。「そんな女、本当にいるの?」ってネットや人の話で聞くたびに僕だって疑いもしたけれど、週頭の平日に、銀座の333にでも行って、30オーバーしてそうな女性に2、3人声をかけると、いとも簡単に聞くことができる。もっと答えること自体は全然、構わないのだが、こういう他人に遠慮しないタイプの人間がパートナーになろうものなら、子どものついでに頭痛の種も産んでくれそうなのは目に見えている。

 果たして、これらのポイントが所詮ジンクスなのか、それとも「あるある」なのかは、個人的には気になるところなんだけど、それより、つい先日「これはしょ一もない、と思う女の台詞ランキング」1位を久しぶりに聞いてしまったのは、2 v s 2のミニ合コンで、僕のターゲットが連れてきた彼女の友達だった。

 

「私、こう見えても中身は男だから」

 

 まず、真っ先に思ったことを書こう。(まだ絶滅していなかったのか、こういうの)だ。近頃は全く耳にしていなかったが、たまに殊更「男性らしさ」を訴えかけてくる女性というのがいる。もっとも中高生の頃はよく聞いた台詞だ。たいてい化粧の仕方もイマイチよくわかってない、運動系の部活動にあけくれるような子が。しかし大人になっても、このセリフを使いだす類については「どちらにせよ面倒くさい」という感想しかない。

 ついでに類義語としてあるのは「私、中身オッサンだから」「女らしくなくてゴメンね」などだろうか。

 

 あらかじめ書くが、これはジェンダー論の問題ではない。この言葉を聞いたからと言って「じゃあ男らしいってなんだ?」とか「本当の男は、けっこう女々しいものだ」といった現実的解釈を追及するのは本意ではない。そもそも彼女たちは、現実の男の「男らしさ」という話をしているわけではなく、あくまで「男って、こういうイメージ」っていうニュアンスであることぐらいは察してあげないといけない。

 

 さて、僕は今うっかり「どちらにせよ」と記した以上、いちおう2種類のタイプがいることを書かなければいけない。

 まず、ひとつ圧倒的に多いのは「私は恋人としての男性なんか求めていないし、雄々しく生きたい」というアピールを鼓舞するタイプだ。一般的な男性として感想を述べておくと、別にそんなことを言われても「あ、そう」としか思わない。この場合「セクシーかどうか」と言い換えることもできるんだけど、わざわざ「非セクシー宣言」をされる意味のなさについて、彼女たちが気づいていないところが、つくづく残念だな、と僕に思わせる。なぜなら男性にとって、その女性がタイプであれば、そんなこと気にせずアプローチをかけるからだ。本当にどうでもいい台詞だ。

 

 次に多いのは、かなりややこしいことなんだけど、本当は自分が「男らしい」とは微塵も思っていないにも関わらず、そんなことを言っちゃう、というタイプだ。

 例として、このセリフを言ってる女性が、化粧を(ほとんど)しておらず、黒髪短髪で、ジーンズを履いて、男性でも女性でもなれる実力社会の仕事にでもついた上で「私、中身は男だから」と言うものなら多少は信じてもいい。さらにBVDのボクサーパンツを履いていたら完璧だ(冗談)。けれども、この手の台詞を言う女性は、まず間違いなく、髪を伸ばして、ヘアアイロンまでかけているうえに、化粧もしているし、スカートだって履いたうえで「私、中身は男」宣言をする。

 ヘタをすると普通の女性以上に着飾ったうえで、女性としての生き方を充分に矜持したうえで、発言する。 

 けれど、彼女たちにとっては「それでいい」のだ。自分らを「男らしい」とは実は内心、思っていない彼女たちは、それでも「ちょっとした何か」おそらく「可愛くなりきれない」というコンプレックスの陰から「女性らしくなりきれない自分」の逃避として「わたし男っぽいの」という表現を使う。

 単なる逃避表現ならば勝手にどうぞ、という話だが、男性に告げてしまうあたり「そんなことないよ。君は女の子だよ」と否定されたいような気さえ感じる時がある。

  僕が「面倒くさいな」と感じるのは、特にそういう瞬間で「ねぇ私、女として大丈夫でしょ?」っていう甘えに付き合う気は、こっちには毛頭ないんだけどな、という思いからだ。

 

 だいたい「私、こう見えても男だから」の「こう見えても」ってなんだ? 「もう女として見られてるでしょうけど」って前提があるなら、いまさら別に僕が何かを言う必要はないだろう?

 

 そもそも反対の現実として「俺って中身、女だからさ」と自称する男性はいない。確かに「乙女な男子」というのは世間的にいるが、他人に指摘されることはあっても、たぶん、彼らは自意識を持っているわけではない。なんとなく、そうなっちゃったってだけの話だ。その点から、なんとなく、この手の発言は(一部の)女性特有の言い回しであるような気がする。 

 先ほどのタイプ別で言うと、前者の場合は、男性に対する、後者の場合は、自分に対する、コンプレックスが元になっているような。

 

 ところで僕は以前の職場で、ゲイバーやらオナベバーが大好きな上司に気に入られ、長く付き合わされたおかげで、その手の人達とは何十人と話してきた経験があった上で述べるのだが、たとえ性転換をしたとしても、人は「もともとの自分の生まれ持った性から逃れられない生き物なんだな」という感覚を多少リアルに持っている。そのせいで過敏に反応してしまう節があるのかもしれない。

  特にナンパとか女の子を口説く、ということは「私、中身は男だから」と自分の「女性としての性」を半ば否定している女の子を相手にしても「おまえは女なんだよ」ということを否応なく突きつける行為だ。だから、そういうことを言ってしまう子が、実は、女として認めて欲しいがゆえの裏返しの台詞でしかないということについて、何度も、何度も、実感してきた。そのうえで言うが、自分の女性としての自信のなさを「男性らしさ」と安易にすり替えるなよ、というのが純然たる本音としてある。

 

 結局のところ「雄々しい女の非セクシー宣言」だろうが「女性としての自信のなさ」だろうが自身が告白することに意味がないと僕が断じてしまうのは、セクシーかどうか、あるいは「女性らしさ」があるかどうかは、本人ではなく、他人が決める話じゃないの? というところにある。わざわざ本人が言うのは自虐以上の意味がない。

 そして自虐が通じるのは、同じ自虐癖を持つ士の間だけだ。

 

 最後に、僕個人の線引きで締めておくと、女性は「女性である」というだけで「女性らしさ」というものを持てる、ということに、もう少し自覚的であってほしいと思う。女性らしさって何? って言われると、ややこしくなるんだけど要するに「男性が口説きたくなる要素」という定義ぐらいで今回、僕は書いてる。そのへんに自信が持てない女性が、つまり件の台詞を使って自分の性否定(自嘲)をしてると僕は認識してるんだけど、男って単純だから、別におっぱいが小さくても、男口調でも、スカートなんか穿かなくても「女じゃない」とまで完全に思ったりしない。もちろん好みのタイプじゃないって男性はいるけれど。

 

 なんだか当たり前のことを、わざわざ書いてるような気がしてきたな。それよりも気遣いとか、優しさとか、愛嬌の良さとか、そういう外見的特徴とは別の、第三の点でセクシャリティを感じることも、男にとっては普通にあるから、そんなに気にしなくてもいいと思うんだよな。「女らしさ」というものが存在するとしたら、それは外見だけではなく、服装とか、そりゃ頑張ってくれたら、それに越したことはないけど、性格とか、雰囲気とか、ありとあらゆるものから、男は感じ取る生き物だからね。男って繊細って言われるけど、実は見た目だけに騙されずに、良い女を察知する為にそうなってるんじゃないかな。

 

 だからまあ下らないこと言わないで欲しいんだよな。本当に。