menonsoup のリンリンする休日
この日の夜、池袋に、ひとりの地蔵がいた。僕だった。
「ナンパをはじめよう」と思い立った日から、4か月が経とうとしていた。途中、喉を潰して、1か月、まったく声が出せなかったり、仕事で忙しいこともあったが、それでも空いた時間を見つけては出ていた。僕は、完ソロしか経験がない。ナンパ初日から声をかけなかった日はなかったので、その日、初めてパーフェクト地蔵と化した。
どうして地蔵したのか? モチベーションの低下だった。いろいろ理由があるものの、ひっくるめて言ってしまえば、要は、飽きていた。試行錯誤と、声かけのために街に出る行為の繰り返しにルーチンを感じてきていた。そして、ついに身体が反応しなくなった。そういうことだと思う。
しばらく休むか、アポ相手は、たくさんいるから、そっち中心に切り替えるか、または別のアプローチを模索すべきか、と僕は池袋で肩を落としながら思った。
どうしたものか、と歩いているうちに、テレクラショップの前を通ることになり、(そういえば……テレクラって、どういうところなんだろう?)という長年の疑問が、ふと沸き上がってきた。
携帯電話が普及しているのに、なんだって、まだこんな店が風化せず存在しているのだろう? なぜ女の子と電話するだけのユルい店が長く生き残っているのだろう? そういう思いが加速してきて、いっそ今日はテレクラ体験日ということにしようと思って、僕は店に入ることにした。
店内は、DVDの棚と、カウンターだけの小部屋があった。カウンターの前に立った中年男性の店員が、丁寧な言葉づかいで、まず個室のタイプを選んで欲しいと言った。漫画喫茶と同じく、ソファーか、フラットか。その次に、好きなDVDを6本まで選んで欲しいと言われたので、棚を見たが、映画はほとんど観たものしかなく、そもそも棚の7割以上はAVだった。あまり、そういう気分ではなかったが、戦隊もののピンクを犯す趣旨のAVを選んだ。ふだんAVを観ないせいで、つい色モノを選んでしまう。
AVを渡すと、6番ルームに案内された。ここまでで「いったい何をするか」まったく解らなかったので、僕は素直に説明を申し出ると、店員は「部屋に入ると、電話が来るまで、映画でヒマを潰して、きたら取って下さい。楽しく話がはずめば、女の子も会ってくれますよ」と柔らかい口調で言った。ちなみに、2時間2800円だった。
部屋のなかは、マットと、TVと、PCがあった。なぜかティッシュは2個、備えついていた。電話が来るまで、どれぐらいかかるか解らなかったので、ひとまずDVDを置いてから、廊下にある自動販売機で、ジュースを買うと同時に、6番ルームのなかから、けたたましく電話が鳴った。廊下をダッシュして電話をとった。
『どうしたの、大丈夫? なんかすごい音がしたけど』
いきなり会話がはじまっていた。若干ダミ声の女性だった。
「あ、うん大丈夫。いま外にいたから、あわてて取った」
会話の内容。34歳。/バツイチ。/キャバ嬢。/いま近くにいる。/あなた、ゴムつける派?
ゴムつける派?
「え? どういうこと? はじめてだから教えて」
『あ、わかんないの? ごめんねー私、ワリ希望なんだ。わかるでしょ?』
割り切り。ようやく合点がいった。ここは…そういう子と話す場所か。だから今でもテレクラってあるんだ。なんだか、わかってしまうと途端にやる気がなくなった。1時間にすれば良かった、と僕は思った。
それから、キャバ嬢とは10分ぐらい電話した。というより、向こうが身の上話を一方的に話してきた。僕が一向に「いくら?」とも訊かないし、初めてだということを察してくれたのか、自分のグチを言うだけ言うと「お兄さんも、頑張ってね」と電話を切られた。なにを頑張るんだろう?
その後も、2、3人と会話をしたが、全員が割り切り希望だった。ほとんど、おしゃべりな子。みんな、自分の個人的な話をして、そのうえで「そこで割り切りなんだけど」とかぶせてきた。どんな女の子でも、どんな声でも、どんな会話でも、そういうパターンになった。この「愚痴を言ってから、さて、商談しよっか」っていう流れに対して、次第にイライラしてきた。きっと、ここでは、僕のほうがおかしいのだろう。
そのうち、はじめて「しゃべりすぎない」女性と話せた。29歳。そこで僕は、実際に、こういうことをする女性に会ってみたくなった。この子なら、ある程度、自分のペースを守って、会話ができると思った。信じてもらわなくてもいいけど、その日の僕は性欲があまりなかったので、話だけしてみたかった。
喫茶店に誘ってみた。しかし『私は、割りきり専門だから、話はイヤだ』と断られたので「会ってみて話してみて、その気になれば、お願いするというのは?」と言い換えたところ、しぶしぶ了承してくれた。
テレクラの前で待っていると、あらかじめ電話で聞いた特徴の女性が小走りで寄ってきた。29歳にしては、30歳を過ぎているような老け顔だった。法令線はハッキリあった。肌は浅黒かった。
簡単に自己紹介した後、いきなり「じゃ、ホテル行きましょうか」と言われた。「いや、するかどうかは、まだ解りませんよ」と、あわてて否定したところ「その気になってから行くなんて時間のムダだし、ホテルでもコーヒーは飲めるでしょ?」みたいなことを言われ、話の流れ上は、そうかも、と思って、近場のホテルに入った。
当然だけど、彼女は、僕とセックスしてお金を取りたかったのだと思う。
そうして、ホテルの部屋に入り、世間話をしていると突然、彼女は「暑い」と言い出しては、キャミソールを脱いで、上は下着姿になり、髪を後ろに結んだ。挑発のつもりだったのかもしれない。
だが、それでわかったのは、彼女はナインティナインの岡村にそっくりだった。
「お兄さん、イケメンだね」
「そう?」
「うん」
「めちゃめちゃイケてる!?」
「……いや、ふつう」
ノリの悪い子だった。
そんなわけで、岡村と話をした。テレクラを通じた様々な客の話は割愛するが、面白かった。
ただ面白さのピークは「そこまで」だった。
岡村はメンソールの煙草を喫いながら、竹ノ塚のスナックで働いていて、ホスト狂で、でも通いつめている、出会い喫茶の店員にもホレていて「どうやったら、あいつとキスできると思う?」と真剣に相談してきた。30分ぐらい相談役になったが、やはり面倒になってしまい「そろそろ今日は帰るよ」とイスから立ち上がったら、あわてて「そんなわけにはいかない。しようよ」と服を全部脱いできて、僕はベッドに押し倒された。
それでベッドインして、岡村と抱き合った。僕が何もせずに、全裸の岡村を抱きしめていると、彼女は僕のズボンを脱がし、息子を触ってきて、僕のは大きくなった。その際、数々のリストカットの跡は、見なかったことにした。
しかし、僕の息子が良い感じになるたびに「ねぇ、なんで、あいつは私に振り向いてくれないのかな?」と、また、どうでもいい相談の続きをしてくるので、集中できず、しぼむ、ということを繰り返した。そもそもライトも消さず、明るかったので、ムードもない。彼女相手に射精をすることは、99(ナイナイ)%、不可能だった。
なので、結局は世間話に付き合うことになり「ホストにハマらないで、ちゃんと誠実にアタックすれば、彼も応えてくれるんじゃないかな」というエセ建設的な助言をしてから、ズボンを履いて「じゃあ帰るよ」と二度目の帰宅宣言をした。
岡村は「また会いたい。対等な関係で。お兄さんはイケメンだし、今度は、ちゃんと普通にしたいの」と言って、僕の連絡先を聞きたがった。岡村は今時ガラケーだったので、端末を借りて、メールアドレスを打って登録してあげた。それから名残惜しいのか、何度も僕に抱きつきたがり、キスを要求した。一応した。ただし舌だけは死守した。
池袋駅。岡村は、改札前でも「駅でキスなんて恥ずかしい?」と訊いてきたので「ちょっとね」と紳士的に断った。代わりに握手をして、僕たちは別れた。
こうして不毛な一日が終わった。テレクラと御休憩で、1万近く払って、岡村に手コキしてもらっただけの日。
ちなみに、彼女に渡したメールアドレスは、一字だけ違う文字を打っておいたから、僕に届くことはない。